もしもあの時に

今週のお題「私のタラレバ」

 

このタラレバで人生が大きく変わるわけではないですが(笑)

 

もし私があの時箏曲部に入部していたら。

 

私の高校は、音楽系の部活は合唱部、吹奏楽部、そして箏曲部がありました。

中学から吹奏楽をやっていた私は、何も考えずに引き続き高校でも吹奏楽部に入りました。

 

これを書いちゃうと、出身校が分かっちゃうかもしれませんが、当時も今も、私の高校の箏曲部は毎年全国大会で良い成績を取るくらいのレベルです。

でも、私は吹奏楽部の大会で賞を取りたかったのと、和楽器に興味がなかったこともあって、箏曲部を体験入部することすらありませんでした。

 

離れて暮らしていた父方のおばあちゃんは、お琴を習っていて、年に一回くらい発表会に出ていました。

おばあちゃんの家に行くと、部屋にお琴が立て掛けてあったのをよく覚えています。

 

私が高校生になった時、母もおばあちゃんも、吹奏楽部ではなく箏曲部に入って欲しかったようでした。

特に、おばあちゃんは自分がお琴を習っていることもあって、私にお琴の弾き方を覚えさせたかったようです。

 

一度だけ「箏曲部に入って欲しかったわ」と言われましたが、吹奏楽部で毎日練習を頑張っていたので、その頑張りも否定された様に感じ、そしてちょうど反抗期だったこともあって、その何気無い言葉にイライラして、おばあちゃんの電話にあまり出たくない時もありました。

 

それから10年近く経過して、おばあちゃんが急にお琴を処分したことを知りました。

おじいちゃんはこれまで何度も病気になって病気の入退院を繰り返していたのですが、とうとう自宅でおじいちゃんを介護をすることに。

おじいちゃんは寝たきりでは無いですが、やはり介護となると、おばあちゃんも自由に出掛けることができなくなるので、習い事を全部辞めたと聞きました。

趣味に使える時間がなくなったこと、そして場所を取るお琴が邪魔になってしまったこともあり、思い切って処分してしまったそうです。

 

この時、はじめて「ああ、箏曲部に入ってお琴を習っていたらな」と思いました。

お琴を習っていたら、多分お琴を預かっていただろうから。おばあちゃんも「あ、孫に預けよう」って思ってくれただろうから。

 

私が幼い頃から見てたおばあちゃんのお琴が、誰かに譲渡されたのではなく「処分」されたことに、なぜかとてつもなく寂しさを覚えました。

 

ここで「私のタラレバ」になるのですが、もしも高校で箏曲部に入っていたら。

もしかしたら、おばあちゃんのお琴は処分されずに、今も存在していたかもしれません。

 

※もちろん、吹奏楽部も楽しかったし充実してましたよ(*´꒳`*)